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島根県技術士会

‘第35回技術士全国大会記念集’

ご挨拶

2009-01-31

≪ご 挨 拶≫

第35回技術士全国大会実行委員長

渡部 修(島根県技術士会 会長)

1.はじめに

昨年10 月17 日(金)~20 日(月)島根県で開きました「第35 回技術士全国大会(島根)」の大会報告書が完成いたしましたのでここに皆様方にお届け致します。
本日、皆様方にご一読いただけるのは、大会までの諸準備、大会中の苦労話を座談会開催や、各委員会の報告を中心に掲載致しております。なお、日本技術士会中・四国支部におきましても支部の立場で先般、大会報告書を発刊されましたが、こちらのほうもご覧ください。

2.島根開催に至るまでの経緯

技術士の全国大会は過去、中・四国支部では広島、高松、岡山で開催されてきましたが、このたび山陰地方で始めての開催を島根県で引き受けることにしました。島根県で引き受ける理由として、過去平成8 年の第26 回日韓技術士会議などを引き受け、会議開催のノウハウを十分に持っていること、会員が220 人を越す大所帯で、中四国9県の中で活動が極めて活発であることなどから、今から約3 年前に(当時の坂田副支部長を通じて)支部から強い要請がありました。
しかし、支部からの強い要請にもかかわらず、島根県技術士会内部においては日本技術士会会員が約50 人と少なく、一方、大会本番・諸準備のマンパワーは島根県技術士会が担当せざるを得なく、その点を中心に島根県技術士会において問題点が発生致しました。
これは全く当たり前の話であります。その問題点を解決するのに多少、時間がかかりました。しかし、問題点が解決されたところで、島根県技術士会は一致団結して、諸準備の任にあたったのであります。

3.大会当日

大会は例年、年間で一番時候の良い10 月中旬に開催されますが、島根大会では初めて土曜日開催としました。この目的は、例年、年齢の高い人が中心であるので若い人にも出やすくするためのものです。また、松江が都会からの遠隔地であるため、交通手段を考慮した結果であります。幸い、大会期間中は絶好の天候に恵まれ、宍道湖の夕暮れは大会参加者に感動を与えました。また、平成19 年7 月の石見銀山の世界遺産登録の実現やNHK テレビドラマ「だんだん」の放映など、好条件が整い、北は北海道から南は九州まで、総参加者は600 人を越す人数となりました。
フォーゲル・パークでのウエルカム・パーティー、記念講演の前の古代笛の演奏、たたらの木原明氏の記念講演、交流パーティーでの石見神楽の公演など、全てが大会参加者に感動を与えたのであります。島根大会は大変良かったと今でも全国からお褒めの言葉をいただいております。

4.大会を振り返って

過去の全国大会はとかく「お祭り騒ぎ」との批判がありました。現実に、私も今になって考えてみますと、島根大会もそういう風潮はあったと反省しております。今年の東北大会では簡素化が叫ばれ、ウエルカム・パーティーも廃止になりました。総予算額も1 千万円以下となるようです。しかし、最後のお祭り騒ぎであるとの批判を承知の島根大会でありましたが、全国の皆様にあまり知名度の多くない島根をこの機会を利用してPR 出来たことは人生最高の幸せであったと自負いたしております。また、厳しい地方経済の中で観光島根の経済効果に少なくとも貢献できたと思っております。

この大会成功のために、島根県技術士会は、3 年半に亘って奔走しました。平成18 年秋には福井大会でのPR パフォーマンス、PR ポスターの配布に始まり、準備委員会の結成、来賓予定者への挨拶と出席のお願い、記念講演者との調整、1 年前からの実行委員会の組織化、本番に向かうにしたがって支部と島根間の意見の食い違い、予算の確保、島根県土地改良事業団体連合会の事務局体制、参加者の確保、最終予算の確定などなど、どれをとっても難問ばかりでした。しかし、全てをクリアし、殆ど手抜かりなく大会当日の日を迎えたものの、案の定、ハプニング発生が大なり小なりありました。

5.おわりに

大会終了から約半年以上経過し、全国大会引き受けの「ストレス」が脳裏から遠ざかっていきますが、大会成功は島根県技術士会226 名の総傑作として永久に語り継がれるでしょう。いつか、遠い将来、また島根が全国大会を引き受ける時期が来ると思います。そ
の時には、「マグマ」と言われる島根県技術士会青年部が中心になって、立派に運営してくれることを期待いたします。

大会終了までお世話になりました各委員会の皆様方、中四国各県及び当日の島根県動員者の方々、大会が終了してもまだ大会報告書作成の任を務められる編集委員会の皆様方に深く敬意を表し、この大会報告書発刊をもって第35 回技術士全国大会実行委員会の解散を宣言します。

本当にありがとうございました。

大会概要

2009-01-31

≪大会概要≫

大会概要

大会事務局からの報告

2009-01-31

≪大会事務局からの報告≫

事務局代表 渡部 修(会長)

1.事務局開設の経緯

過去の全国大会の例では、大会に併せて参加予定者からの問い合わせや、事務局の諸準備に対応するため専用事務局を設けられることが多かった。そこで島根大会も是非とも必要であるとの判断から、大会2 年前位から場所探しを始めた。その結果、普段会員が業務
でお邪魔している黒田町の島根県土地改良連合会の別館が現在空いているとの情報が入ってきた。そこで、どのようにして、どう貸せていただくかを考えた時に、大畑温憲・元島根県土地改良事業団体連合会専務理事で、わが島根県技術士会元会長さんにお願いするしかないとの結論に至った。早速、井上副会長ともども、大畑さん宅を訪問し、是非とも島根県土連にアシストをお願いした。その結果、大変良い返事を戴いたが、場所としては本館3F の会議室となった。(別館2F は空調機器の故障で修理費が多大とのこと)早速、やや手狭であるが本館3F 会議室を借りることにし、PC 等の配置を行った。また、月刊技術士8 月号には別刷りの大会案内リーフレットを入れ込む必要があり、大会事務局の正式な場所と電話を明記した。

2.事務局開設

大会事務局開設日を各委員と調整の結果、平成20 年6 月21 日(土)AM の理事会及び実行委員会開催日とした。当日は、大変お世話になった大畑元会長さんにもご列席願い、20 人以上の実行委員立会いのもとに、私の挨拶、大畑名誉理事、四方田先生より挨拶の後、井上副実行委員長の一本締めで大会成功を祈念した。
当面は形だけの事務局開設であったが、いよいよ月刊技術士8 月号別刷りで大会リーフレットが全国の会員に配られれば、事務局にも相当問い合わせがあるだろうとの判断から8 月1 日から常勤体制とした。
事務局には大変わがままを言って、四万田先生、井上正一、和田多喜夫、古川秀夫、佐川喜造の5氏(主に農業部門の技術士)に引き受けていただき、そして私の家内、渡部千代を含めて各自最大週一日半、あるいは半日単位で詰めることにした。業務の内容は参加希望者からの問い合わせ(主に交通アクセス)、訂正シール貼り、島根県会員への参加勧誘などが主なものであった。ここに改めて、大変暑い中、事務局勤務をいただいた方にお礼を申し上げます。

3.9月初旬の事務局の雰囲気

大会が近づくと、4 つの各委員会が同時に準備会議を開催せねばならず、土地改良事業団体連合会の大変なご理解のもとに、土曜日の閉庁日にもかかわらず、1F の各会議室を開放していただいた。時には全部の会議室がふさがり、青年部はロビーを使って長時間打ち合わせを行っていたことを記憶している。この時には、今回、土地改良連合事業団体連合会を貸せていただいて本当に良かったと井上、寺田両氏と再々話を交わしていた。(十分なスペース
の駐車場と各種会議室があったこと)
月刊技術士8月号別刷りのリーフレットが全国に配られて約1ヶ月の9月初旬で約390 名余りの参加希望者であるが、いたって参加希望者の伸びがない。少々あせり気味となった。
そこで、中四国8 県の技術士会に参加勧誘のメールを送る。しかし、つれない返事が返ってくる。例年、この時期ではまだ大会まで約1 ヶ月半もあり、昨年の福井の例でもこれから伸びると期待はするが、何とかして福井には人数で勝ちたい。なぜなら、福井より松江が観光地としては優れていて、都会からのアクセスも良い。しかし、福井は北陸支部に所属するので、脅威の中山北陸支部長の陣頭指揮の下に昨年477 人を出した。島根はドンがいない。しかも山陰、山陽、四国と支部は広範囲である。
そこで、まず地元島根県会員に参加勧誘のアタックしよう。島根が大人数を出せば残りの8県がついて来てくれると信じた。早速、島根県会員227 人に事務局から電話戦術に出た。
その担当は井上副実行委員長である。おそらく一日に50~60 本以上の電話を掛けられたことだと思う。私は私で会社のメールを使って、参加勧誘である。「参加費は免除するから是非と
も出てきてほしい。」と。結局、電話戦術とメールとの両面戦術が成功し、その結果、島根県会員は170 人を越す参加者となったのである。
それから島根が170 人を越す参加予定者があるとのうわさが中四国各県に伝わり、(ML システムのプラス面) 各県も「地元島根が大変がんばっているので協力しよう。」ということになり、傘下の会員にさらなる呼びかけが始まった。一方では、「是非とも協力したいが昨今の経済状況である。しかし何とかする。」との返事もあった。

4.大会直前の事務局の雰囲気

連日、参加申し込みがどの程度か確認するため、寺田さんとJTB に問い合わせや訪問を数回し、ノートに記帳、集計をしながら、いよいよ10 月に入ってきた。そうすると、いつの間にか福井の477 人を上回り、550 人の大台を大会10 日前に乗ってしまったのである。その当時は井上さん、寺田さんは連日事務局で詰めておられたので、そこに私が加わり3 人でにんまり。やったと思いました。よし、参加予定者はもう心配ない。あとは当日の運営のみであ
る。
しかし、本番直前でもトラブルはつき物。分科会会場が2つに分かれたため、急遽、ホテル側の方針からホテル白鳥は持ち込み不可能となったのである。早速、メニューを作っていただいた。食い物の恨みは大きい。ホテル一畑側は事前仕様、ホテル白鳥は別仕様となったのである。
大会前日、まだ大会資料が全部は届かないが、とにかくこの事務局から既存資料を車に積んでホテル一畑まで持ち込もう。この時点をもって、島根県土地改良事業団体連合会の事務局の役目は概ね終えたのである。

5.おわりに

こうして振り返りますと、このたびの全国大会は、会員以外の様々な方々のご支援、ご協力のもとに大成功裡に終えることが出来ました。そのご支援をいただけたのは、「島根県技術士会」の人材と活動そのものへの深いご理解があってこそではないでしょうか。島根県技術士会とは一体どういう会なのか、どういう資格なのか、を理解して貰えなければ、今回のような協力、支援はいただけなかったのように思います。
改めて島根県技術士会の礎を築いてこられた先輩諸氏の長年にわたるご努力に敬意を表するととも、これを機会に我々も一層の努力を図り、技術士の知名度はもとより、技術者の地位向上に努力しようではありませんか。
今回、事務局開設に大変お世話になった島根県土地改良事業団体連合会に改めて感謝と敬意を表するとともに、これを機会に島根県土連別館2F に我々の事務局を長期に亘り貸せて戴くことになりました。今後、ここを使って理事会等を開催するとともに、過去の島根県技術士会の書類等も全てここで保管することにしました。また、事務局中、詰めて戴いた本会会員の皆様方には大変猛暑の中、お世話になりました。厚くお礼を申し上げます。ありがとうございました。

事務局及び財務委員会 活動報告

2009-01-31

≪事務局及び財務委員会 活動報告≫

財務委員長 寺田 彰憲 (建設部門)

1.はじめに

全国大会について牧山支部長や坂田副支部長から最初に島根での全国大会開催の話があったのが平成17 年11 月で、大会が終わってみると3 年という月日があっという間に過ぎていました。その間支部及び島根県内の多くの団体や会員の皆様から有形・無形のご支援をいただき、何とか成功させることができました。
この場を借りてあらためて心からの感謝を申し上げるとともに、島根県技術士会の活動の記録と、今後の参考になる(参考にならない方が多いか?)ように、経緯や数々のエピソードをここに記しておきたい。

2.委員会メンバー

■日本技術士会 中・四国支部
財務委員長 植田 幸男(支部事務局長) 広島県
財務副委員長 住岡 宣博 広島県
■島根県技術士会
財務委員長 寺田 彰憲(事務局長) 建設部門
財務副委員長 児島 秀行(理事) 応用理学部門

3.委員会の役割

事務局及び財務委員会の役割は、簡単に言えば「連携」と「金庫番」と「雑用」というところでしょうか。準備から幕引きまで各委員会と関りを持ちながら支部や実行委員長、各委員会とのパイプ役、各委員会のサポート役に徹するとともに、活動に必要な資金や人材のやりくりをして、大会終了後の決算報告書を作成するのが主要な役割となります。

4.活動経緯・内容

■ 全国大会開催の経緯
平成17 年11 月19 日、中・四国支部の牧山支部長、坂田副支部長、植田事務局長が来松され、理事会の席で正式に「第35 回技術士全国大会(島根)」の開催を引き受けてもらえないかとの依頼がありました。議論は百出し、日韓技術士会議の経験を生かして積極的に引き受けようという意見や、(社)日本技術士会のブランチでもなく、正会員が50名にも満たない島根県技術士会が大変な負担を引き受けるのかといった懐疑的な意見もありましたが、順番からいって中・四国支部のどこかが引き受けなければならないのなら、島根県技術士会が適任であるとの結論で、5 月の総会に諮ることとなった。
総会(H18.5.13)の席で経緯説明が行われ、大会自体は本部と支部のイベントなので島根県から経費の持ち出しは基本的にない(ただし、参加費の補助は行う)ことで会員の承認を得て、正式に開催受諾となった。

■ 大会会場について
開催会場の条件としては
・ 最低500人は収容できる施設とスムースな進行
・ アクセス・移動等の交通の便
・ 全国大会を開催するにふさわしい環境(景観・雰囲気)を考慮して下記の案を検討し、条件を満足できる第2案で実施することに決定した。
第1案:「ホテル一畑」で記念式典、記念講演、分科会、懇親パーティーをすべて行う。(模様替えに時間がかかり待ち時間が生じる)
第2案:「ホテル一畑」で記念式典、記念講演、懇親パーティーを行い、分科会を「ホテル一畑、ホテル白鳥」で行う。(分科会が2会場となるが移動
はスムースに行える)
第3案:「くにびきメッセ」で記念式典、記念講演、分科会、懇親パーティーをすべて行う。(懇親会が割高で雰囲気や景観が不十分)

■準備委員会の立ち上げ、基本骨子の決定汗をかくのは島根県技術士会の役割ということで、基本構想案・詳細実施案を練ってそれを支部で検討・承認するという流れで進めることになり、1 年前までに大会テーマ、分科会テーマ、テクニカルツアーコースを決めて福井大会でアピールすることとなった。
それらを検討協議するための準備委員会は当初島根県技術士会理事会が代行していたが、平成18 年9 月16 日に第35 回技術士全国大会委員会(支部)及び準備委員会(島根、後に実行委員会)を正式に発足させ詳細な検討をスタートさせた。
1)大会及び分科会テーマ
会員から広く募集したところ、多くの提案があった
[大会テーマ]
[1] 神話の国から、未来技術の創造
[2] 匠の遺産、先端技術への継承
[3] 歴史に刻まれた匠の技、先端技術への継承
[4] 美しい国づくりへの技(副題:水都からのメッセージ)
[5] 神話の郷で技術士を語ろう
[6] 地方発、技術と環境の共生
[7] 未来への神話を・匠と人間との調和によるふるさとづくり
[8] 技術神話の過去と未来(副題:世界に誇る伝統と地方発の技術)
[9] 神話の国から技の伝承(やおよろずの神々のつどう国からのメッセージ)
[分科会テーマ]
環 境:地域から発信、地球環境保全
国 際:環日本海から全世界へ
地域 振興:甦れ中山間、地方の活性
少子高齢化:安全、安心、地方からの発信
倫 理:技術者の品格
これらを元に準備委員会(H19.7.20)で検討した結果、島根という地方の特色を前面に押し出した大会とする。討議内容を充実させるためにパネルディスカッションではなく、講演方式の分科会とし、神話・地域振興・水環境(宍道湖、日本海)というキーワードを基に下記に決定した。
大会テーマ:「神話の國で語る未来技術の創造」(環境と地域再生へのメッセージ)
分科会テーマ:第1 分科会(環日本海を取り巻く環境技術)
第2 分科会(汽水域・水辺の環境)
第3 分科会(地域に根ざした技術と地域振興)
第4 分科会(青年技術士が考える地域社会)
記 念 講 演 :木原明(国選定保存技術保持者、日刀保たたら)
2)テクニカルツアー
大会の約1 年前に「石見銀山」が一度は登録延期かという逆境のなかで見事「世界遺産」に登録されたことから、メインとして石見銀山ははずせないと考えた。他には松江市内・市外の観光地を巡る案もあったがアカデミックな要素を入れたいという意見が多く、事前に支部の担当者を含む実行委員で下見を行って、三瓶山の「小豆原埋
没林」、宍道湖畔の汽水水族館「ゴビウス」をコースに取り入れることとした。

■エピソード1(福井大会でのアピール)
福井大会(H19.10.17)でのアピールには島根県から9 名の技術士と、それに中・四国支部を加えると総勢27 名の参加であった。各分科会で島根大会についてパワーポイントを使用してアピールしたが、全員の記憶に残ったのはなんといっても懇親会での渡部会長の「どじょうすくい」と松原副会長の「えびす」によるPR であった。
“渡部演芸団”として衣装や小道具(手作りの横断まく「島根で待ちょうけんね」、観光DVD等)すべてを持ち込んでの熱演には全員のスタンディング・オベイションがしばしなりやまなかった。このお陰で懇親会場において島根大会の予約が10名以上あったのはありがたかった。(だんだん)

■全国大会事務局開設と電話作戦
事務局は大畑名誉理事の骨折りにより、島根県土地改良事業団体連合会(水土里ネット島根)の一室を借りることができるようになり、平成20 年6 月21 日に関係者でささやかな開所式を行った。特筆すべきは8 月からは大会の申し込みについての問合せを受けるために、事務局に常駐者を置くこととし、渡部会長、井上副会長とともに会の大先輩である佐川喜造氏、古川秀夫氏、四方田穆氏、和田多喜雄氏及び渡部千代氏(会長夫人)の7 名が交代で事務局に詰めて対応していただき、さらに手が空いているときはラベル張りまで手伝っていただき、大変恐縮した次第です。
また、参加者数は8 月末の第一次募集〆切段階では島根県参加者が103 名であり当初参加表明していた人数にはるかに及ばないことから、急きょ電話作戦を行うこととし、井上副会長を中心に参加の呼びかけを行い最終的に151 名の参加をいただき、大会が大いに盛
り上がった。(実はこれ以上の参加者となると補助金が不足する事態も考えられ嬉しくもあり心配でもあり複雑な心境でした)

■エピソード2(メーリングリスト)
準備委員会内での意思疎通とコミュニケーションを図るためメーリングリストによる情報共有を行うこととした。支部のメンバー加わってもらうこととしたがリストをみると本部や支部幹部の方々のアドレスも含まれているようであったが、ほとんどのメンバーは最
後までそれを知らなかった。(後で本部の秋山次長から熱心な討議にたいし、感謝の言葉をいただいた。)
この後の経緯は皆様が良くご存知の通り渡部会長と支部幹部による交流パーティー会場に関する爆発寸前までのやり取りや、交流パーティー担当の幸前氏や上山氏の涙ぐましい努力がすべての方に筒抜けとなっており、事務局ではひやひやしながらも努めて冷静に対
応することとし議論は渡部会長にお任せすることとした。(このお陰で渡部会長には、対応の早さから「瞬間湯沸かし器」の名が冠せられたが、事務局は大変助かりました。)

■エピソード3(弁当の話)
準備も大詰となり、最終段階の打合せで支部のメンバーと「ホテル白鳥」で打ち合わせし、当日の持ち込み弁当の配分について打合せを始めたとたんに「うち(ホテル白鳥)は弁当の持ち込みは認めておりません!」との御宣託、一同しばらく無言で、頭の中は真白、帰りかけていた担当者と会長にもう一度来てもらって交渉するも「弁当もお茶も持ち込みはだめ!」の一点張り、最終的には白鳥分の弁当250 個はホテル側で作ってもらうことになり、ホテル一畑分は当初どおり外注することとして何とか決着した。(後日談:白鳥と一畑の弁当の評価は一畑側に軍配が上がったようである)

■財務報告
渡部会長の準備は1 年以上前から、詳細な予算計画と大会マニュアル(せりふを含む)がすべて出来上がっていた。これにはさすがに副会長・事務局も頭が下がるばかりであった。3役でさえこのような状態で準備委員会が発足したので、当初は役割分担しているものの、各委員会が何をすればよいか委員の誰も把握できてなく、しばらくは会長の頭の中とのギャップを埋めるのに全員が大変苦労した。
当初予算は1,100 万円の予算規模であったが、本部補助金や各支部からの支援、広告費等があり、最終的には1,780 万円という規模となり何とか黒字で大会を終えることができた。(添付収支決算書参照、これが最終版です)

■エピソード4(時期遅れの請求書)
財務担当者として某役所から大会の補助金として予想外の53万円が振り込まれ島根版報告書や反省会の予算として約50 万円を確保することができ12 月には最終決算報告書を作成して、財務担当者としてようやく肩の荷を降ろした思いであった。ところが年が明け
1 月末となってバス代と資料袋代が別枠で25万円の請求が舞い込んできて、思惑は完全にはずれ、島根版報告書を担当する編集委員の方々に多大なご心配をかけることとなってしまいました。最終的には、編集委員会の予算を工夫してとんとんで終えることができましたが、安心のあまりどっと疲れが出てしまいました。(それにしても10 月の請求が年明けの1月末となるとは、もう少し早くできないものでしょうか?)

5.おわりに

何と言っても、渡部会長の努力と周到な準備に敬意を表したいと思います。きっと市役所在籍の頃から全国大会の準備に相当な力を配分されて、関係機関への呼びかけ、メイン会場の予約から、予算書・マニュアルの作成まで、骨組みのところは会長の努力によるところが大きく、このたたき台がなければ準備にはさらに時間と労力がかかっていたものと思う。
また、当初なかなか会長に追いつけなかった各委員も実行段階に入り次第に各委員会が主体性を持って努力された事はメーリングリスト他の経緯を見れば明らかで、最終的には一般会員を巻き込んで島根県技術士会が一つとなり、全員の協力と熱意で大会が成功したことに、事務局としてただ感謝の思いでいっぱいです。
この島根版報告書の読者が楽しんで読んでいただき、何か一つでも頭の隅に残れば幸いです。

“収支計算書は省略”

編集委員会 活動報告

2009-01-31

≪編集委員会 活動報告≫

編集委員長 土 江 敏 幸 (農業部門)

1.はじめに

「大会記念集」の出来映えは如何でしたでしょうか。何しろ素人集団の編集委員会で編集した「大会記念集」ですので、何かと不都合なところがあるかと思いますがご容赦下さい。
さて編集委員会の活動は、この「大会記念集」の発行を最後にやっと終わりとなりました。編集委員一同、感慨無量の思いでいっぱいです。
平成19年の福井大会の視察を皮切りに、約1年7ヶ月に及ぶ編集委員会の活動はなにしろ初めてのことであり、試行錯誤の連続となりました。その状況をこの「活動報告」において振り返ってみたいと思います。
なお日本技術士会の「大会報告・写真集」は別途、日本技術士会中・四国支部(島根県編集委員会を含む。)において編集・発行されていますので、そちらと併せてご覧下さい。

2.委員会メンバー

(1)編集委員会は次の8名で構成しています。
■日本技術士会 中・四国支部
編集委員長 入江 敏光(支部広報委員長)広島県
編集副委員長 山下 祐一(支部広報委員) 広島県
編集副委員長 前原 薫二(支部広報委員) 広島県
■島根県技術士会
編集委員長 土江 敏幸(理事)農業部門
編集副委員長 嘉藤 太史(理事)上下水道・総監部門
編集委員 畑 和宏(理事)建設・応用理学・総監部門
境 英治 建設・総監部門
橋尾 宣弘 建設・応用理学・総監部門
(2)島根県・編集委員会の任務分掌は次のとおりです。
1) 支部及び他委員会との調整
(総括)土江委員長
2) 大会広報、大会・分科会資料集、参加者名簿、事前送付資料、その他の資料収集
(総括)土江委員長 (副)各委員
3)大会資料準備、梱包及び撤収
(総括)畑委員 (副)各委員
4)記録写真撮影
(総括)嘉藤委員
○親善ゴルフ …和田晶夫
○技術者倫理事例発表大会、全国防災連絡会議…土江委員長
○ウエルカムパ-ティ …編集委員全員
○第1分科会 …境委員
○第2分科会 …嘉藤委員
○第3分科会 …橋尾委員
○第4分科会 …畑委員
○交流パ-ティ、テクニカルツァ- …編集委員全員
5)日本技術士会「大会報告・写真集」
(総括)土江委員長 (副)各委員
6)島根県技術士会「大会記念集」
土江委員長…総括、支部・事務局との調整
嘉藤委員 …編集総括、進行管理、原稿校正
境委員 …座談会担当、原稿校正
畑委員 …企画構成、原稿校正
橋尾委員 …記念集発行事務
(3)当日の資料梱包及び事務局に駐在されシ-ル貼りでご尽力頂いた方は次のとおりです。
■資料梱包(あいうえお順)
(鳥取県)生西克則、寺田憲彦
(岡山県)木口誠二、松澤秀泰
(広島県)狩野江里、高島明美、松林加奈、森山利夫
(島根県)井上正一、今岡裕作、上山義道、岡村茂、幸前徹、瀬崎 茂、西村剛
■事務局駐在(あいうえお順)
(島根県)井上正一、佐川喜造、古川秀夫、四方田穆、和田多喜雄、渡部千代

3.委員会の役割

編集委員会は全国大会実行委員会の実務部門として組織されました。
委員会の任務としては次のとおりです。

(1) 広報
[1] 報道関係への対応、報道記者発表、後援依頼等
[2] 日本技術士会機関誌「月刊技術士」における参加呼びかけ・募集広告
(6月号、8月号)
(2) 賛助広告の募集
(3) 大会参加申込者への事前資料送付
(4) 大会資料集等の作成及び運搬・梱包
(5) 大会当日の記録写真撮影
(6) 「大会報告・写真集」(日本技術士会)及び「大会記念集」(島根県技術士会)の編
集・発行

4.全国大会までの活動経緯・内容

平成18年9月16日の島根県技術士会理事会において全国大会の準備委員会が発足しましたが、当面の任務もまだ無く具体的な活動にはその後も至りませんでした。
しかし、いよいよ全国大会が具体化し、準備委員としての自覚も出てきたような時期となりました。

■平成19年10月17日(水)第34回全国大会(北陸・福井)
準備委員の一人として土江編集委員長が視察のために参加しましたが大変な盛会であり、果たして島根県でもこのように大会が出来るのだろうかと危惧し、大会運営の難しさを実感した次第です。
島根県技術士会としてはPRポスタ-を会場に掲示するとともに、PRチラシを参加者全員に配布、島根県のボックスにおいて「石見銀山研究」の冊子販売等を行いました。
また交流パ-ティでは、渡部会長の「安来節ドジョウ掬い」演舞に併せて「どじょうすくい饅頭」を配り島根県松江大会への参加を呼びかけました。
これ以後、渡部会長の「安来節ドジョウ掬い」は全国の技術士会に鳴り響くようになり、島根大会でも演舞が期待されました。

■平成20年1月19日(土)新年例会
(於:「ホテル宍道湖」)
この時点で大枠のスケジュ-ルや分科会の発表者、演題が決定されていますが、編集委員会としての活動にはまだまだ至っておりませんでした。

■平成20年4月19日(土)第6回理事会及び全国大会実行委員会
(於:「ホテル宍道湖」)
この会議において全国大会マニュアルが提案され、各委員会の役割や所属委員会が最終決定されました。
会議終了後、直ちに編集委員会のメンバ-の顔合わせを行い、第1回編集委員会の開催日程を確認したところです。

■平成20年4月28日(月)第1回編集委員会
(時:18:00~20:00於:「松江スティックビル」)
編集委員会の第1回会合であることから、渡部会長、寺田事務局長の出席のもとに開催することとなりました。
まず現時点までの進捗状況を把握するとともに、実行委員会で作成された全国大会スケジュ-ル表をもとに検討を行いましたが、編集委員会の任務である・大会資料の作成 ・大会報告書の作成 ・広報活動について、内容、時期、担当等が不確定要素が多く、支部の構想を照会することとして、次回の委員会までに編集委員会に特化したスケジュ-ル表を作成することとなりました。

■平成20年5月23日(金)支部・島根県合同会議
(時:18:00~於:「松江テルサ」)
全国大会全般について検討、打合せが行われましたが、編集委員会関係では次のような内容が検討されました。
[1] 報道機関等の後援としては、日本経済新聞、山陰中央新報、NHK、島根県産業技術振興財団。
[2] 日本技術士会機関誌「月刊技術士8月号」掲載の大会参加募集案内は6月に作業する。
[3] 賛助広告のお願いについては、支部関係とは別に島根県賛助会員にも6月末までに別途お願いする。(会報誌の広告とは別に掲載希望企業。)

■平成20年5月24日(土)第2回編集委員会
(時:15:00~於:「松江スティックビル」)
各委員が作成した案を基に、編集委員会タイムスケジュ-ルを作成し各作業の担当者を決定しました。
また支部・島根県合同会議で示された当面の作業内容を確認しました。

■島根県技術士会総会(5月31日)以降の活動
(1)技術士会各支部へのPR
本部の会合において島根県観光パンフレットを配布するよう本部から要請があり、急遽島根県観光協会から400部入手し本部へ送付しました。
後日のお話では、全部数を各支部へ持ち帰られたとのことでした。
(2)賛助広告の募集
島根県技術士会賛助会員の広告掲載については、会員名簿広告をそのまま大会資料集に無料掲載することとしていますが、別途に広告を希望する会社を募集しましたところ、島根県内で4社の申込がありました。
(3)日本技術士会機関誌「月刊技術士8月号」大会案内リ-フレット6月の初~中旬は「月刊技術士8月号」大会案内リ-フレットの作成に追われる毎日となりました。
大会案内リ-フレットは全国大会・関連行事の詳細、参加申込書、宿泊関係等、ほぼ大会全体を網羅するものであり、渡部会長、寺田事務局長や委託しているJTBとの打合せ・連絡の上、案の作成・修正等を繰り返しながら6月末までに支部へ送付し一安心したところでした。
なお大会内容の変更、講演者の交代等が重なり、県での修正の上さらに支部、本部においても修正が重ねられました。(支部の最終決定は、6月25日の支部・島根県テレビ合同会議。)
大会全体の内容を把握していないと大会案内リ-フレットが作成出来ないことをつくづく痛感した次第です。

■平成20年6月21日(土)第1回理事会・実行委員会
(時:10:00~於:「土地改良連合会」)
まず島根県土地改良事業団体連合会の格別のご配慮により「島根県土地改良会館3F」に全国大会事務局を設けることとなり、開所式が行われました。
引き続き会議室において実行委員会を開催、全国大会の全体の進捗状況について論議されましたが、編集委員会関係では次のとおりでした。
[1]編集作業の進捗状況説明
[2]「月刊技術士8月号」大会案内リ-フレットの提案、修正
[3] 賛助会員広告
[4] 大会資料袋600部の作成

■平成20年6月28日(土)第3回編集委員会
(時:13:30~於:「全国大会事務局」)
この委員会においては、委託業者であるウエブプランより資料袋のデザインの提案を受けて論議し作成方針と作成スケジュ-ルを確認しました。
また参加者名簿の作成方針及び参加申込者への事前送付資料内容についての方向を決定したところです。
その後も次回委員会までに資料袋のデザインについて県役員、各編集委員、ウエブプラン等と連絡、打合せを重ねております。
デザイン、ロゴマ-ク、作成方法、経費など結構大変な作業でした。

■平成20年7月12日(土)第4回編集委員会
(時:10:00~於:「全国大会事務局」)
委託業者であるウエブプランより資料袋のデザイン案及び経費見積もりの提案を受けて、検討の上600部作成することを決定し、7月26日開催予定の実行委員会に提案することとなりました。その後も実行委員会までに資料袋について事務局やウエブプランと協議を重ねております。
なお大会資料集表紙写真については、渡部会長から支部へ提案済みとの報告がありました。
一方、支部や他の委員会との役割分担について不明確であることから、今後の活動について再確認するため、7月26日(金)の支部・島根県合同会議終了後に支部との合同編集委員会開催を実行委員会に提案することとなりました。

■平成20年7月26日(金)支部・島根県合同会議
(時:10:00~於:「土地改良連合会」)
支部・島根県合同会議においては、全国大会の全体の進捗状況について論議されましたが、編集委員会関係では次のとおりでした。
[1]編集委員会関係の進捗状況をスケジュ-ル表により説明。
[2]資料袋のデザイン等については原案で了承された。
[3]大会分科会の記録については、各分科会の副主査(島根県)で対応することとし、編集委員会は記録写真を主として行うこととする。

■平成20年7月26日(金)第5回編集委員会(支部・島根県合同)
(時:13:00~於:「全国大会事務局」)
本会合は今後の編集活動を決定するものとして、重要な会合となりました。
このため、支部からは太田総務・入江編集各委員長、植田事務局長の出席をいただき、島根県からは渡部会長をはじめ井上、松原両副会長、寺田事務局長並びに編集委員が討議に参加しました。
本会議の主たる目的は、編集活動における支部と島根県との役割の明確化であり、約2時間の会議において方針が確認されたことは、今後の作業を進める上で島根県編集委員のモチベ-ションが大きく高揚したと思われます。
現在インタ-ネットやメ-ルによる連絡や協議報告が主流となっていますが、やはり人間同士の意志疎通や感情的にならずに冷静な結論を得るためには、顔を合わせて話し合うことが何よりも大切であると認識した次第です。

■第5回編集委員会(支部・島根県合同)以降の活動
JTBと参加申込者への事前送付資料について数回打合せましたが、認識の相違が多くなかなか作業が進みませんでした。
一方資料袋については作成作業に入っており、600部の内当面完成品00部を業者から納入してもらい、残部のシ-ル貼付については参加申し込み状況を勘案しながら、事務局駐在技術士の方にご協力に甘えることとしました。
途中盆休暇を挟みながら、猛暑の中、各編集委員はそれぞれの任務に励んでいただきました。

■平成20年8月23日(土)理事会・実行委員会
(時:10:00~於:「土地改良連合会」)
実行委員会においては、全国大会の全体の進捗状況について論議されましたが、編集委員会関係では次のとおりでした。
[1]編集集委員会の進捗状況報告。
[2]大会資料の梱包作業についての動員計画の決定。
【10/17(金)PM1:00~2:00】
総括 畑編集委員、各編集委員
作業 19名 広島…4名 岡山…2名 鳥取…2名 島根…11名

■平成20年8月23日(土)第6回編集委員会
(時:13:00~於:「土地改良連合会」)
渡部会長、井上、松原両副会長、寺田事務局長の出席のもとに作業内容について確認しました。
[1]タイムスケジュ-ル及び各委員担当分掌。
[2]大会参加申込者への事前送付資料。
[3]島根県で作成する全国大会資料。

■第6回編集委員会以降の活動
全国から大会申込が続々と為される中、JTBと再三再四打ち合わせて、くれぐれも次の点を注意するよう指示していましたが、そのとおりにはなりませんでした。
[1]申込者には必ず受付けた旨の返信をすること。(FAXによる受付であり、申込者は受領されたのか不明である。)
[2]第一回目の資料送付は、参加費納入書類のみにする。
[3]第二回目の送付は、参加費納入者のみとし、関係資料を送付する。
案の定、不測の事態が発生しました。参加申込者からの問い合わせや、連絡がなく資料が届かない等のトラブルが発生しましたが、事務局駐在の役員の対応により何とか収まったところです。しかし最後まで資料が届かない方もいらっしゃったのは事実です。

■平成20年9月20日(土)理事会・実行委員会
(時:10:00~於:「土地改良連合会」)
実行委員会においては、全国大会の全体の進捗状況について論議されましたが、編集委員会関係では大会資料、事前資料送付の進捗状況を報告しました。

■平成20年9月20日(土)第7回編集委員会
(時:13:00~於:「全国大会事務局」)
いよいよ全国大会も目前となってきました。今回の委員会が大会前の最終打合せとなり次のように討議決定しました。
[1]進捗状況の確認。
[2]大会資料の輸送、梱包計画の策定。
[3]大会記録写真の撮影計画。
[4]各担当責任者の選任。

■平成20年10月5日(日)支部・島根県合同打合せ
(時:13:00~於:「ホテル一端」)
本日の会合は、目前となった全国大会の会場の下見を兼ねて準備状況の最終確認を行いましたが、大会参加申込者が予想を大幅に上回ることに伴う会場変更や大会当日の昼食弁当の変更に大わらわとなった一日でした。

■全国大会当日までの準備活動ドキュメント
(1)事前送付資料
大会参加者は大会当日の数日前に松江へ出発されると予想されることから、少なくとも一週間前には資料を発送する必要があります。
このため、JTB、ウエブプランと打合せを重ねながら手分けをして資料の準備を行い、何とか発送することが出来ました。
特に大会参加申込者が予想を大幅に上回ったことに伴う会場変更が発生し、会場が確定するまでやきもきしながら何回も送付文書を修正したものでした。
また発送を委託業者に一任したところですが、資料の受取が遅かった参加者やとうとう最後まで受け取れなかった参加者もあり、反省しきりの作業となりました。
(2)大会資料
大会資料の印刷は支部(広島)において行われましたが、講演原稿が遅れたことから大幅に印刷が遅延し、資料集が到着したのが大会前日(資料梱包当日)の昼前となってしまい大変心配したものでした。
また一部の原稿はとうとう印刷が間に合わず、別冊として資料集に挿入したところです。しかも支部との調整が旨くいかず意志疎通を欠いたために、大会資料と分科会資料の部数が合わず、島根県参加者の方にはご迷惑をかけたことになりました。
一方参加者名簿の作成も難渋しました。
一般参加者についてはほぼ確定しましたが、来賓や日本技術士会役員の参加が最後まで詰め切れず、また名簿の掲載順にも苦心した次第です。
失礼があってはいけない参加者名簿ですので、会長や事務局長とともに出稿ぎりぎりまで校正を重ねたところです。
(3)大会3日前:10月15日(水)
編集委員2名が全国大会事務局に駐在し、到着資料の確認、未到着分の把握及び到着予定の確認を行いました。
実行委員会幹部も大会事務局に詰めっきりとなり、各方面との連絡や対応に当たっておられたところです。
心配していました大会資料集等(広島にて印刷)は、梱包当日の午前中に会場である「ホテル一畑」へ直接送付されることが確認されひとまず安心しました。
(4)大会2日前:10月16日(木)
編集委員会は本日からフル活動となりました。
編集委員全員が全国大会事務局に結集して資料の最終確認、到着資料・未到着分の把握及び到着予定を確認しました。
また明日の資料運搬の準備として箱詰め、事務局から廊下への搬出を行いました。
「やれやれ、これで大会資料を明日待つだけだわ…」
(5)大会前日:10月17日(金)
全国大会の式典等は明日からの開催となりますが、実質は本日から各関連行事が開催されます。
編集委員会は早朝から全国大会事務局に集まった後に、大会関係資料を「土地改良会館」3Fの事務局から1F玄関前の車両(編集委員個人車)に運搬しましたが、その重いこと!………書籍というものは全く重いものです。キャリア-の車輪がつぶれてしまいそうでした。
2回ほど会場の「ホテル一畑」を往復しましたが、難物は「ホテル一畑」2Fの梱包会場までの運搬でした。キャリア-の車輪がつぶれそうでなかなか進まず、狭いエレベ-タ-に四苦八苦しながらの運搬でしたが、広島からとっくに着いているはずの大会資料集等が着いていないのです。
昼前になってやっと「ホテル一畑」の別室に保管されていることが判明し、一安心。午後から資料袋の梱包作業が始まりました。
他県の応援を頂きながら順調に作業が行われましたが、資料袋、大会資料集、分科会資料、各種パンフレットの部数がそれぞれ500~600部と統一されておらず、どうしても不完全な資料袋が出来てしまうのです。
右の写真は困惑している作業参加者
の状況です。
仕方がありませんので、県外参加者向けと県内参加者向けを区分して何とか梱包作業を切り抜けたところでした。
これも各関係者との意志疎通を欠いた結果であったと反省しきりでした。
なお編集委員会としては、梱包作業の他に、本日10月17日(金)に開催された関連行事の記録写真撮影に、お腹を空かしながらも全員が精力的に行いました。

5.準備期間を振り返って

長い準備期間を振り返ってみますと、編集委員会の作業は試行錯誤の毎日でした。いろいろと反省することは多々ありますが、次のとおり取りまとめられるところです。
[1] 編集委員会の作業は、実行委員会全般の内容、進捗状況、全国大会内容を熟知していないと作業が困難となります。その点、実行委員会幹部及び各委員会との意志疎通を欠いていたと反省しています。このような大規模の大会の際は、各委員長が定期的に企画会議を開催する必要があると感じました。
(編集委員会の主立った委員が松江市内の勤務・在住でなかったのは痛かった!)
[2] 組織・体制の問題ですが、支部との島根県との権限・任務の棲み分けが不明確であり、相当の混乱を招きました。途中の合同会議において修正され任務分担がはっきりとしたことから、その後は比較的順調に作業が進捗していきました。そもそも、支部と島根の双方に委員長が存在すること自体がおかしかったのですが。そして島根県実行委員のほとんどが支部の役員を知らないことから意志疎通を欠くことになり、混乱に拍車がかかってしまいました。このことは大会報告集の編集・
発行においても同様でした。
[3] 委託業者との連携をよほどうまくしないと、大会参加者にご迷惑をかけることになります。今回の全国大会においても、申込書の受領確認が通知されなかった(問い合わせがあったことから、後に通知されましたが…)ため、参加申込者も不安になられたようです。中にはとうとう最後まで事前送付資料が着かなかった方もおられました。

6.大会当日を振り返って

大会当日は、早朝に参集したスタッフが一丸となって控え室から受け付けまで資料袋を移動、その後各編集委員はあらかじめ決めた予定表に基づき、担当する各会場において記録写真撮影に精力的に取り組みました。
しかし素人集団の悲しさ、会場内がパワ-ポイントを使用するため照明が落としてあり薄暗く、良い写真が撮れなかったのが残念でした。
全国大会は好天気のもとに無事に終了し、実行委員会一同は安堵と精力を使い切って高揚した気持ちでいっぱいでしたが、編集委員は大会の途中から撤収準備に着手し、残った資料等を「土地改良会館」全国大会事務局まで、疲れた体にむち打って運搬したものでした。
なにしろ「交流パ-ティ-」が終了すれば「ホテル一畑」から即出ていかなければなりませんので、とても運搬をする余裕がありません。しかし、全国大会は終了し実行委員会の活動はほぼ終わりましたが、編集委員会の活動はこれからも続くのです。
大会記念集を発行して初めて終わることとなるのです。
まだまだ苦労は続きます。

7.大会記念集の編集・発行状況

全国大会が大成功に終わり、支部との合同反省会が開催されて以後、実行委員の諸氏は開放感に包まれて日常業務に精勤されている頃ですが、編集委員会は大会記念集の編集作業に早速着手しました。
なお「大会レポ-ト」の作成依頼については、実行委員会の各行事担当者あてに、全国大会開催前の10月初旬に送付しています。
また「分科会レポ-ト」及び「大会記録写真」については、全国大会終了後ただちに取りまとめ、島根県から支部に送付したところです。
しかし、またもや……支部との連携がうまくいかず、年末に向けて調整を重ねたところでした。

■平成20年12月6日(土)第8回編集委員会
(時:15:00~於:「エイトコンサルタント会議室」)
今後の大会報告集の作成方針について討議し、次のとおり決定しました。
(1) 日本技術士会発行「大会報告集」について
「大会報告集」は支部において編集・発行する旨を指示されているので、島根県委員会としては、報告集の具体案について検討し支部へ送付する。
なお島根県が担当する「分科会レポ-ト」及び「大会記録写真」については、既に支部へ送付済みであることを確認した。
(2)島根県技術士会版の「全国大会記念集」を発行する。
[1] 発行の主たる目的は、島根県実行委員会の活動状況を記録し、今後の技術士会活動の糧とする。
[2] 編集体制の確立。
[3] 「全国大会記念集」の構成素案。
[4] 5月開催の「総会」において配布するための編集スケジュ-ルの策定。

■第8回編集委員会以後の活動
その後各編集委員が分担して記念集の構成、フォ-マット、執筆者リストの作成等を行い、平成21年1月9日付けにて執筆予定者や全会員に執筆依頼文書を送付したところです。
なお1月14日には、支部と島根県とのテレビ会議が行われ、日本技術士会発行の「大会報告・写真集」の最終打合せがあり、橋尾委員が出席しました。

■平成21年1月17日(土)第9回編集委員会
(時:9:00~於:「ホテル宍道湖会議室」)
本会議では、次の内容で論議を深めました。
[1]これまでの経緯の確認。
[2]「大会記念集」の構成の確認。
[3]執筆依頼について
[4]1月31日予定の座談会の準備。
[5]印刷経費について。

■平成21年1月31日(土)全国大会記念集・座談会
(時:13:30~於:「土地改良連合会会議室」)
全国大会の準備作業や大会当日の運営について、直接携わった実行委員のみなさんの苦労話やエピソ-ドをお聞きするための座談会を開催しました。
当日は実行委員長、副委員長をはじめとする各実行委員や、大会式典等の司会をされた武田アナウンサ-などの部外スタッフを含めて20名の参加者のもとに、臨場感溢れた苦労話やエピソ-ドが披露されました。詳細は「座談会」のペ-ジをご覧下さい。

■座談会以降の活動
その後は2月21日(土)に第10回編集委員会、4月11日(土)に第11回
編集委員会をそれぞれ開催し、原稿の収集状況、座談会の整理等を確認しながら、原稿の査読・校正を繰り返し行い、「記念集」の構成等の検討を重ねたところです。特に座談会のテ-プ起こしは大変であり、担当の編集委員にはお世話になりました。そして4月の中旬にやっと印刷所に原稿を送りました。
編集委員会としてはこの一年に及ぶ活動が終了したこととなり、どっと疲れ出てしまいました。編集委員一同、まさに放心状態です。

8.おわりに

3年にも及ぶ第35回全国大会実行委員会の活動が、この「大会記念集」の発行をもってようやく完了しました。
その間編集委員会の活動について、日本技術士会中・四国支部のご指導や渡部会長を始めとする島根県技術士会の皆様のご指導、ご支援に対しまして衷心より御礼申し上げます。
編集委員会の各委員も、多忙な日常業務の合間を縫って委員会の業務に精励いただき感謝申し上げます。ありがとうございました。
私もこのような全国規模での大会運営はもう携わることは無いと思いますが、この「大会記念集」が今後の島根県技術士会の活動の糧となることを祈念して、編集委員会報告と致します。

研修委員会 事業報告

2009-01-31

≪研修委員会 事業報告≫

大会実行副委員長・研修委員長 松原 利直(島根県技術士会 副会長)

1.はじめに

第35回技術士全国大会(島根)で研修委員会が担当した行事は、(1)ウエルカムパーティー、(2)分科会、(3)記念講演、(4)テクニカルツアーである。これらの行事は、大会の全日程(平成20 年10 月17 日~20 日)に及ぶもので、研修委員会の準備は平成20 年4 月30 日の会議を皮切りに、合計7回の研修委員会の合同会議を行なった。研修委員会の行事はそれぞれ関連が殆ど無いものであったが、委員の皆さんが担当の枠を超えて協力して、無事に大会を終了することが出来た。以下に研修委員会の行事の概要と、準備及び当日の実施状況について、
反省を含めてその内容を報告する。

2.ウェルカムパーティー

【概要】
・日時:10 月17 日(金)18:00~20:00
・会場:松江フォーゲル・パーク(温室)
・参加人数:268 名(防災会議パネリスト招待4名)
・島根総括委員:永田和之、大坂理
・総合司会:松崎靖彦
・動員スタッフ14 名
・ アトラクション:地元民謡と演芸(安来節保存会松江支部)
コーラス(松江市民合唱団)
・運行バス:ホテル一畑→松江フォーゲル・パークの移動
バス6台(市営バス、JRバス)
【準備状況】
ウエルカムパーティーは、会場の松江フォーゲル・パークの運営管理者(有)カモと食事担当の(株)エムズコレクション、そしてイベント支援の(株)ウエブプラン、旅行代理店()JTBがそれぞれ担当する。そのため研修委員会と関係者による合同会議を、会場となる「松江フォーゲルパーク」
において2度実施した。会議では、会場の配置計画、入場料・食費と参加費の調整、参加者の会場への運搬方法などについて議論した。当初は200 人程度の参加者で計画していたが、実際には300 名近い参加者となり、テーブル配置計画や運行バス、動員スタッフの計画を大幅に変更した。また、ホテル一畑から松江フォーゲル・パークの会場まで移動はバス輸送したが、松江市営バスの運行が決まらず、渡部会長が大会直前まで調整された。
【実施状況】
日本最大級の温室を有する鳥と花の楽園「松江フォーゲル・パーク」で行なったウエルカムパーティーは、ベゴニアなど満開の花のもとでの宴となり、国際文化観光都市松江市で実施する全国大会に相応しいオープニングセレモニーとなった。大会のテーマが「神話の國で
語る未来技術の創造」ということで全体的に神秘的で落着いた雰囲気の中、ウエルカムパーティーは一つのアクセントとして文字通り「大会に花を添えるイベント」となった。そして、アトラクションの安来節保存会松江支部による地元民謡とドジョウ掬い、市民合唱団によるコーラス、そして司会の松崎靖彦氏によるバリトンの声が会場に響き渡り、パーティーを更に格調高くした。心配したホテル一畑から会場への輸送は、バスの中でトイレ騒ぎがあったくらいで大きなトラブルもなく、宍道湖名物の美しい夕日を車窓から眺めながら無事移動できた。

3.分科会

【概要】
・日時:10 月18 日(土) 9:30~15:30
・会場:第一、第二分科会 ホテル白鳥
第三、第四分科会 ホテル一畑
・参加人数
第一分科会227 名、第二分科会246 名
第三分科会263 名、第四分科会227 名
・島根総括委員:松浦寛司、林 秀樹
・動員スタッフ 17 名
【準備状況】
研修委員会が担当する行事のうち、ウエルカムパーティー、記念講演、テクニカルツアーについては、ほぼ島根県技術士会の主導で行なうことができた。しかし、分科会は支部との連携により基調講演者と発表者の調整、会場の設営計画を進めなくてはならず、島根総括委員の松浦寛司さんが支部との連携により様々な調整を行いながら準備を進めた。大会誌用原稿の手配及び校正(原稿提出スケジュール)は以下のように行なわれた。
3/末 基調講演者、発表者に概要とテーマの提出を求める
5/初 概要とテーマの提出(支部でチェック)
6/初 支部長名で正式原稿依頼
8/末 原稿回収、直ちに査読作業、本人校正⇒主査・副主査校正、9/初 最終チェック
9/中 大会資料集の印刷、PPT資料を当日の配布資料として印刷

【実施状況】
各分科会の内容は、分科会報告に詳述されているので、ここでは簡単に概要を示す。前回の福井大会では、午前中に5分科会が5会場で同時に行なわれ、午後に分科会報告として総括報告が行なわれた。今回の島根大会では、より多くの参加者が2分科会に参加が出来るように、2会場で4分科会を午前と午後の2部形式で実施した。分科会の形式については、第一~三分科会は、基調講演(50 分)の後、講演3題(30 分×3)、座長総括(10分)とし、青年部の第四分科会は基調講演の後にパネルディスカッションを行なった。参加者人数がどちらかの会場に偏るのではないかと心配したが、4分科会にほぼ均等に分散した。分科会は、主査・副主査と講演者の協力によりほぼ予定時間通りに終了した。以下に、分科会の発表者と演題を示す。

表1.分科会の演題と発表者

-省略-

4.記念講演

【概要】
・ 日時:10 月18 日(土) 17:00~18:20
・ 会場:ホテル一畑 サンシャインホール
・ 参加人数:417 名
・ 島根総括委員:松原利直、福井一彦
・ 動員スタッフ 7 名
・ 講演:国選定保存技術保持者
日刀保(にっとうほ)たたら村下(むらげ)木原 明
・ 演題:「たたら製鉄の技と精神(こころ)」
<誠実は美鋼を生む>
・ 司会:武田志乃アナウサー

【準備状況】
大会テーマの「神話の國で語る未来技術の創造」は、古代文化発祥の地である「神話の国」出雲で行なわれる技術士全国大会である。島根県の奥出雲地方は、昔から良質の砂鉄が取れており、その砂鉄を利用して「たたら吹き」といわれる鉄づくりが盛んに行なわれていた。この「たたら吹き」から造られる日本刀の材料となる玉鋼(タマハガネ)は、「たたら吹き」でしか造ることのできない最高品質の鉄である。ところが、「たたら吹き」は戦後完全に途絶えて、日本刀作りに危機が訪れた。そこで、昭和52 年(財)日本美術刀剣保存協会による「たたら吹き」復活プロジェクトで、消えていたたたらの炎が復活された。その内容はNHK番組「プロジェクトX」でも紹介され、講演者の木原明さんは、そのプロジェクトに参加し、現在は村下職(ムラゲショク)として伝統技術の継承に務められている。先人の知恵と技術を学び大会テーマに相応しい講演と言う事で、日本で唯一日本刀の原料となる玉鋼を造る日刀保たたら村下の木原さんに講演をお願いした。木原さんは、平成19年の島根県技術士会の総会でも記念講演をしていただいた。
講演のスライドや講演資料集は、委員の福井一彦さん、安藤秀一さんと筆者が奥出雲町横田に数度お伺いするなど打合せを重ねてお手伝いして作成された。また、日立金属株式会社安来工場:佐藤光司さん、株式会社安来製作所:西坂正則さん及び安来和鋼博物館館長:八十致雄さんにはスライドや講演資料集について貴重なアドバイスを戴いた。記念講演に関連したパネル展示ブースには、和鋼博物館の「たたら製鉄」のパネルが展示された。
【実施状況】
記念講演の前に、「古代笛演奏~古代浪漫への誘い~」樋野達夫氏による古代笛の演奏があった。記念式典が行なわれたホテル一畑2F「平安の間」から1F「サンシャインホール」への移動で、会場はざわついていたが、武田志乃さんのアナウンスの後、樋野さん

の古代笛で会場が一気に静まった。武田さんのナレーションと山村賢治(会員)さん撮影の出雲平野の風景写真、安藤秀一さんのスライド操作、そして古代笛が見事にマッチしてタイトルの如く「古代浪漫への誘い」に、皆さ
んが誘われていた。
古代笛で酔いしれた中での、千年の歴史「たたら吹き」の技を現在に継承する国選定保存技術保持者の木原さんの講演は、大会テーマである「神話の国で語る未来技術の創造」に相応しい講演となった。講演は「たたら製鉄の技と精神(こころ)」と題して、ものづくりの技と心についてお話された。

講演では、現代科学をもっても解明されない「たたら吹き」の技術を先輩から受継ぎ、それを次世代の技術者の伝えていくたたら製鉄の技術の伝承が話された。マニュアルが全ての最近の科学技術とは違い、「たたら吹き」では
炎を見る、音を聴くなど研ぎ澄まされた「人間の感性」ともいえる観察力、判断力であり、それを支える強靭な精神力と鍛えられた体力が重要とのお話をいただいた。

大会参加者が当初予定より大幅に増えたことにより、記念式典の会場が変更になり、式典や記念講演、交流パーティのタイムスケジュールは非常にタイトであった。記念講演は、木原さんにお願いして全体時間を短縮して講演していただいた。

5.テクニカルツアー

【概要】
・日時:10 月19 日(日)~20 日(月)
・会場:石見銀山他
・参加人数:92 名
日帰り65 名、一泊二日27 名
・島根総括委員:原 裕二、小村 徹
・動員スタッフ:6名

(ツア-の行程)—-省略——

【準備状況】
ツアーのルートについては、島根県技術士会の研究部会で「石見銀山」を研究していたことから世界遺産に登録が決定される前から、「石見銀山」を案内することを早々に決めていた。しかし、世界遺産登録の事前調査を行なったイコモスの評価では、登録に対して厳しい報告があり世界遺産登録が危ぶまれた時期があった。ところが、平成19 年7 月に大逆転で登録されたことは、島根県技術士会にとっても全国大会を島根で行なうことに大きな力となった。
研究部会の報告でも石見銀山は解り難い世界遺産で、全国大会の限られた日程の中でどのように案内するかが大きな課題であった。平成19 年6 月には、支部委員(太田、乗安)と島根県技術士会の委員(原、小村、寺田、児島)による事前視察を行い詳細ルートの検
討を行なった。様々な議論と検討を重ねた結果、バスの中で石見銀山の概要をビデオで説明し、現地案内はガイドさんにお願いし、技術士会はスタッフとして班に分かれて随行して案内することになった。また、石見銀山以外の小豆原埋没林公園、ゴビウスの施設については学術員の専門家による説明をお願いした。

【実施状況】
ツアー参加者が、解り難い世界遺産石見銀山をどのように感じたかについては自信はないが、「石見銀山ガイドの会」の方の熱心な説明により大変有意義なツアーになったと思った。この
説明なくして、今回のツアーはありえなかったと感じた。ガイドの準備については森山昌幸(会員)さんのアドバイスをいただきながら、島根総括委員の原裕二さんが精力的に動いていて実現した。バスの中で、技術士会の活動と石見
銀山の紹介と考えていたが、バスガイドさんとビデオで時間が過ぎてあまり話せなかったの
が、反省点である。一方、島根総括委員の小村徹さんの「石見銀山とアーチ式石橋」と題した本州では珍しい羅漢寺のアーチ式石橋の説明は好評であった。
参加者の中には、90歳の車椅子の方や現地で車椅子が必要になる方など、色々アクシデントはあったが委員の福井一彦さん、松浦寛司さんが支援して無事終えることができた。
後日、当事者からお礼の電話が委員に届いている。翌日のツアーは、渡部会長と支部の植田事務局長にお任せした。

6.大会後記

3年前の理事の忘年会に、広島から牧山支部長、植田事務局長が来られ全国大会を島根で受けるよう要請された。その時は、坂田名誉理事も元気で、これは押し付けではなく島根県技術士会で判断して下さいとのことであった。その時、広島からわざわざお願いに来
られ「島根としては受けない訳にはいかない」との渡部会長の独り言を隣で聞い気がする。
個人的には、主催は中国・四国支部で、島根はお手伝いのつもりの軽い気分で、これが、今回の全国大会の始まりでした。島根県技術士会としては、2年前の平成18 年10 月に早々と準備委員会として組織化したものの、全国大会への気運はなかなか盛り上がらなかった。
渡部会長が先頭に立って引っ張っておられ、付いて行くのが精一杯の状態でした。1年前の福井大会には、渡部会長自らが運転される車に、会長のドジョウ掬いの道具と、自分も何かお手伝いをと思い石見神楽の道具を積んで、井上副会長と寺田事務局長と4人で福井まで行ったことが随分前のことのように感じる。
平成20 年1 月に実行委員会を立ち上げてスタートしたとき、渡部会長が作られた大会マニュアルは既に完成しており、このマニュアルに従えば明日にでも大会が実施できる内容でした。渡部会長の頭の中では、半年前から前日レベルまで来ていましたが、会員の皆様
はそのころが実質スタートだったと思います。しかし、それから総務、研修、編集、財務とそれぞれの委員会が活発に動き、メールでは激しいやり取りを交わしたり、参加者が増えすぎて会場が変更されるなど侃侃諤諤の議論もあった。その中で、印象的だったのは、渡部会長と太田事業委員長のメールのやり取りに牧山支部長が、「今の議論が後で役に立ちます。頑張ってください」の労い(ねぎらい)のメールがあった。そのようなことを経て、中四国支部、そして島根県技術士会、夫々の委員会が見事なまでに役割を果し、見事に「神話の国」のテーマでまとまった最高の全国大会と感じている。そして、全国から島根、松江に来られた方に、中国・四国支部、島根県技術士会、そして「神話の國」島根をアピール出来たと思う。皆様、大変ご苦労様でした。

総務委員会 活動報告

2009-01-31

≪総務委員会 活動報告≫

大会実行副委員長・総務委員長 井上 正一(島根県技術士会 副会長)

1.はじめに

第35 回技術士全国大会は、「神話の國で語る未来技術の創造」をテーマで、平成20 年10月17 日(金)~20 日(月)松江市で開催された。開催の要請があったのは平成17 年11 月である。その後会員の合意形成には時間を要した。島根県は過去、平成8 年に第26 回日韓技術士会議、さらに平成14 年には日本技術士会主催の産学官合同セミナーを引受けた。しかし、全
国大会となると会員の意識の盛り上げと、財政問題、会場問題等多くの課題があったが、会員の合意形成、委員会構成を得て大会を行うことができた。

2.委員会メンバー

総務委員会は1.会場、受付、展示2.記念式典3.交流パーティーを担当した。各セクションのメンバーは次のとおりである。
1.会場 井上正一、瀬崎茂、岡村茂、大畑富紀、野田耕一、富田茂喜、山野邊大輔、原重守、山根啓典 以上 島根9 名、芳西修(山口)、福元和孝(鳥取)、栗本好正(香川)、丸城宗義(徳島)、友澤隆則(愛媛)、明坂宣行(高知) 以上他県6 名 計15 名
2.記念式典 木佐幸佳、石田弘至、今岡裕作、野田耕一、富田茂喜 以上島根5 名大田一夫、安藤敏明、外山涼一 以上広島3 名 計8 名
3.交流パーティー 幸前徹、上山善道、西村剛、山野邊大輔、石井岳男、江角慎、大掛敏博、平田守、狩野正巳、和田浩 以上島根10 名

3.委員会の役割

1. 会場 (1)大会前日の参加者案内 (2)大会当日の参加者誘導 (3) 参加者受付 (4) 総合受付 (5)展示パネル (6)弁当対応
2. 記念式典 (1)式典の人員配置(VIP 対応班、会場設営班、その他関連)
(2)会場設営 当日作業項目1)ステージ設営2)椅子設営3)司会用演台設置4)備品類設置のチエック(日章旗、技術士会旗、金屏風、生け花、生け花台、吊看板)準備作業項目1)配置図作成2)司会用の台本、(3)VIP の対応、基本的に大会役員(大会会長、副会長、実行委員長、副実行委員長)がVIP の対応(出迎え・見送り)を行い、記念式典担当はVIP の誘導、大会役員への連絡、準VIP への対応を行った。
3. 交流パーティー (1)参加者数 (2)時間配分 (3)設営 (4)受付・誘導 (5)その他

4.活動経緯・内容

1) 会場
(1) 大会会場
会場については、当初くにびきメッセを予定したが、交流パーティーを別の場所で行う必要が生じる等の理由でこれをやめ、ホテル一畑とホテル白鳥の2会場で行った。
(2) 受付ブース
大会参加者は575 名であった。内訳は北海道支部23 名、東北支部30 名、北陸支部10 名、関東支部105 名、中部支部31 名、近畿支部30 名、中・四国支部333 名(内、島根県からの参加者は151 名)、九州支部13 名であった。
受付ブースは下記のとおりである。

ブース番号 内 容 スタッフ
ブース1 来賓
分科会関係者(講演者、発表者、主査、副主査)
芳西(山口)
岡村(島根)
女性(株)ウェブプラン
ブース2 日本技術士会本部役員
大会役員
福元(鳥取)
瀬崎(島根)
女性(株)ウェブプラン
ブース3 一般参加者(北海道・東北・関東) 栗本(香川)
大畑(島根)
ブース4 一般参加者(九州・近畿・北陸・中部) 丸城(徳島)
野田(島根)
ブース5 一般参加者(中・四国) 友澤(愛媛)
明坂(高知)
ブース6 一般参加者(島根) 井上(島根)
富田(島根)
山野邊(島根)
原 (島根)
山根(島根)

 

1) 受付会場は、一般利用者との関連もあり、ホテル一畑側から使用許可の出た玄関入口の受付フロアーが狭まかった。机等の配置についても、大会当日の朝からと制限されたため、受付場所の設営を短時間で行う必要に迫られた。
2) 大会参加費は総て事前振込みであり、大会参加関係書類は大会7 日前の10 月10 日頃にJTB から本人宛に送付されたが、届かなかった人が若干いたようである。
3) 受付終了は午前10 時30 分を予定していた。しかし、ブース1「来賓、報道、分科会関係者(講演者、発表者、主査、副主査)」は正午までとしたが、大会参加者が午後もあったので、受付ブース2 は午後8 時前まで残した。担当者は島根県技術士会の瀬崎技術士、岡村茂技術士の2 名と(株)ウェブプランの女性1 名であった。
4) 総合受付ブースで当日受付した参加者は15 名であった。
総合受付の内容及び担当者は次のとおり。

 

内 容 担 当 副担当
総合案内 会場案内、交通案内、観光案内 児島(島根)
当日受付・照会 当日参加者、大会参加券、大会参加証の
再発行等
JTB 松江支店 寺田(島根)

2) 記念式典
全国大会のメイン行事である記念式典は、10 月19 日の午後15 時30 分からホテル一畑新館の平安の間で391 名(来賓を除く)の参加により行われた。来賓として塩谷文部科学大臣(代
理)、長尾中国産業局長、藤田中国地方整備局長、溝口島根県知事、松浦松江市長、本田島根大学学長、荒木松江工業高等専門学校校長はじめ多くの方々の出席を頂いた。
渡部実行委員長の開会の辞、続いて牧山大会委員長の開会の挨拶で始まり、高橋日本技術士会会長の式辞があった。
次いで来賓の塩谷文部科学大臣(代理)、斉藤環境大臣(代理)、溝口島根県知事、松浦松江市長、長尾中国産業局長、藤田中国地方整備局長の6 人の方々からご祝辞を頂いた。続いて来賓紹介が行われ、さらに祝電披露が行われた。
大会の最後に、参加者を代表して山本美子さん(中・四国支部)が大会宣言を高らかに読み上げ、中四国支部伊藤副支部長が閉会の辞を述べて式典を終了した。
3) 交流パーティー
全国大会の最後を飾る交流パーティーは、平安の間で336 名の参加を得て行われた。近藤大会副委員長の開会の挨拶で始まり、最初に来賓の本田島根大学長の挨拶があり、続いて来賓の神長島根県土木部長が挨拶された。
続いて来賓紹介が行われ、岩熊まき日本技術士会副会長の乾杯の音頭で祝宴に入った。
祝宴に出た料理は地元の食材を主材料としたものでバイキング形式により行われた。
アトラクションとして島根県江津市の「有福温泉神楽団」による島根県の伝統芸能「石見神楽」が約30 分間上演された。
午後8 時ごろ次回開催地の東北支部がPR した後、吉川東北支部長の挨拶が行われた。続いて牧山中四国支部長から吉川東北支部長に大会旗が引継がれた。
最後に作道大会副委員長の閉会の挨拶で交流パーティーを終了した。

5.準備期間を振り返って

全国大会を引受けることについては理事会に諮り、平成18 年5 月13 日の総会において同意を得て島根県で全国大会を行うことが決定した。
総会での承認を得ると渡部、井上、松原、寺田の4 名は、翌月から毎月(株)ウエスコの会議室にて三役会を開催し、全国大会の勉強会を行った。三役会の開催は月に1 回~2回開催し、その回数は数十回に及んだ。
その間、平成18 年9 月16 日の支部幹事会において、支部と島根県の混成チームによる準備委員会が発足した。平成18 年9 月30 日には支部から支部長他3 名が來県し、全国大会の会場として予定しているホテル一畑及びホテル白鳥を実地見聞した。
平成19 年10 月17 日の福井大会には島根県から11 名が参加し、渡部さんの安来節ドジョウ掬いと松原さんが神楽の衣装で島根大会をPR した。
また、平成20 年1 月19 日には支部から5 名が來県し、準備委員会を実行委員会(委員長渡部修、副委員長井上正一・松原利直・大田一夫・乗安直人)に格上げした。実行委員会の体制は、総務委員会(会場・記念式典・交流パーティー担当)、研修員会(ウエルカムパーティー・研修旅行・記念講演・分科会担当)、編集委員会(大会資料・PR チラシ・記念誌・広報担当)、財務委員会(予算管理担当)の4 つの委員会とした。メンバーは島根県技術士会(27名)、支部(11 名)で構成した。
さらに平成20 年6 月21 日には島根県土地改良事業団体連合会3 階の1 室に全国大会実行委員会事務局の事務所開きを行った。

6.大会当日を振り返って

大会の前日10 月17 日支部・島根合同委員会を開催し最終確認を行った。参加者は支部から牧山支部長以下7 名、広島県4 名、岡山県2 名、鳥取県2 名、島根県技術士会14 名計29名である。午後1:00 からホテル一畑にて参加者配布資料の梱包を行った。3:00 からは次第にのっとり、両会場の最終確認を行った。
大会当日、受付担当者約20 名は午前8:00 ホテル一畑に集合した。両ホテル周辺にて総合受付のあるホテル一畑を案内したが、直接第一分科会及び第二分科会会場のホテル白鳥に行く人があった。
記念式典は来賓者の名前で一部アナウンスの違いもあったが、これを除けばシナリオどおり順調に終了することが出来た。
交流パーティーは出された料理の量が少なかったとの声もあったが、シナリオどおり順調に終了することが出来た。

7.おわりに

約3 年間の準備期間を得て大会は成功裏に終えることができました。これは技術士会本部や中・四国支部関係者のご支援と国や島根県をはじめとする関係機関のご支援並びに島根県を中心とする実行委員会各位の努力によるところが大きいと思います。関係者の皆さんに深く感謝と敬意を表します。本当に有難うございました。また、大会に参加されました皆様のご支援とご協力に厚く御礼申し上げます。

写真集:事前準備

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事前準備1 事前準備2

写真集:ウェルカムパーティ

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ウェルカムパーティ1 ウェルカムパーティ2

写真集:会場受付

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会場受付1 会場受付2

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